覚書: HTMLの段落について
日本語でいうところの「意味段落と形式段落」のような曖昧な構造について、HTML5仕様はmarkupの指針を示している(p
要素やhr
要素の注釈)。英語にはそのような曖昧さは無いそうだが、懐の広いことだ。
小林河童による掌編『顔の上の舟を漕いで』において、段落はいくつかの異なる方法によってmarkupされる。
<p> 辟易とは言ったが、彼女は人間に対して絶望しているわけではない。友人たちと談笑するのも楽しいし、時に恋の手助けをすることもある。ただ心が明々白々と理解できてしまうだけの普通の女子校生であった。</p>
<hr />
<p>「私、水谷君に嫌われていないかなァ……」</p>
HTML5仕様に準拠する形で「意味段落と形式段落」を表すなら、hr
要素が最も適切だ。div
要素は“last resort”だし、br
要素はCSSを適用しづらい(たとえば各段落を字下げできない)。role="separator"
たるhr
要素によって、各場面が分断される。“section > hr
”は、“p > br
”に似ているかもしれない。
<p> 飯島桜子はストローから口を話離すと、こぼすようにポツリとつぶやいた。明日葉いすみは学校最寄の駅前にあるファストフード店で高校生らしい相談を受けていた。飯島桜子は伝聞によるとたいそう容姿の整った女性であるらしい。制服もボタンをしっかりつけ、決して着崩したりはしない清楚可憐な様相である。当然、男子生徒からの信望も厚く、その為、恋の悩みも多かった。<br />
しかし明日葉いすみからするとその評価には疑問を禁じ得ない。何せ顔は見えないし、内面の蓋を開けてみれば二股三股を悪とも思わぬ随分豪快な女性である。しかもそれが悪意や欲からではなく全く天然な発想――すなわち告白されたから応えただけであるというのだからたちが悪い。ただ、不思議と彼女に対して不快感はなく、今日も今日とて新しく告白された男子に何かつまらぬことを言ってしまって傷つけてはいないか相談することを快諾した。<br /> <br />
「どうだろう。ただ水谷君は結構鈍感そうというか、あまり物事を深く考えないタイプだから、多分サクに言われたこともそれほど意識していないと思うよ」</p>
日本語環境において、主要なbrowserは基本的には「“<p>
”や“<br />
”の直後のU+3000 IDEOGRAPHIC SPACE」を表示するが、Lynxはこれを無視する。字下げ用・行間隔調整用の全角空白や、疑似段落としての“br + br
”などを、presentationalなものと見做すことは不自然ではないし、すくなくともLynxはそのように解釈する。
日本語印刷物における別の慣習のひとつとして、全角感嘆符や全角疑問符に後置される全角空白がある。これもpresentationalかもしれない。著者は“<span style="padding-inline-end: 1em;">!</span>
”のようにmarkupするべきだろうか? そんな力技を通すよりは、単に全角空白を一個記述するほうがよほど手軽だが、それはExcelを方眼紙のように扱うやり方と何も違わないかもしれない。
さておき、前述の例におけるbr
要素の用法は、おそらくHTML5仕様に準拠しない。(“br
elements must not be used for separating thematic groups in a paragraph.”)
後述するHTMLは先の例と似た見映えになる。hr
要素は単なるspacerと化している。論理分離符たる“<hr />
”とお飾りの“<hr role="presentation" />
”を使い分けることは可能だが、この調子で組まれた文書がCSSなしの環境で奇妙な外観になるであろうことを考えると、div
要素やbr
連射とどちらがましなのか判断しづらい。
<style>
hr { visibility: hidden; }
p { margin: 0; text-indent: 1em; }
.japanese-start-speech,
.japanese-start-monologue { text-indent: 0; }
</style>
<p>飯島桜子はストローから口を話離すと、こぼすようにポツリとつぶやいた。明日葉いすみは学校最寄の駅前にあるファストフード店で高校生らしい相談を受けていた。飯島桜子は伝聞によるとたいそう容姿の整った女性であるらしい。制服もボタンをしっかりつけ、決して着崩したりはしない清楚可憐な様相である。当然、男子生徒からの信望も厚く、その為、恋の悩みも多かった。</p>
<p>しかし明日葉いすみからするとその評価には疑問を禁じ得ない。何せ顔は見えないし、内面の蓋を開けてみれば二股三股を悪とも思わぬ随分豪快な女性である。しかもそれが悪意や欲からではなく全く天然な発想――すなわち告白されたから応えただけであるというのだからたちが悪い。ただ、不思議と彼女に対して不快感はなく、今日も今日とて新しく告白された男子に何かつまらぬことを言ってしまって傷つけてはいないか相談することを快諾した。</p>
<hr role="presentation" />
<p class="japanese-start-speech">「どうだろう。ただ水谷君は結構鈍感そうというか、あまり物事を深く考えないタイプだから、多分サクに言われたこともそれほど意識していないと思うよ」</p>